New Blog


今月のブログ


ホーム


教室案内



子供クラス

銅版画

カリグラフィ

絵画

ARTパソコン

クラフト

フラワーアレンジ

大人造形

カラーセラピー

漫画・アニメイラスト

その他の講座



展覧会情報

ギャラリー

ヒストリー

講師派遣


さとうしのぶコラム バックナンバー2017

新しいものは下に追加されます。


1月

  あけましておめでとうございます。
2017年が始まりました。今年はどんな年になるのでしょうか?
 
私の今年の年越しは福井県の永平寺でした。
佐藤家の宗派は曹洞宗で、すでに戒名も頂いています。
一昨年は仏教塾で曹洞宗を専攻し、今も坐禅会に参加し、道元禅師の教えを勉強しています。
けれど大本山である永平寺にも総持寺にも行ったことが無く、是非一度お参りしたいと思っていました。

 そんな折「永平寺の年越しと金沢のお正月」というツアーを見つけ参加しました。
 大晦日の永平寺は雪ならぬ雨、千葉と変わらない気温でした。
TVで入門を請うて雪の中に立ち尽くす修行僧の姿などを見ていたので、ちょっと拍子抜けの感じ。
お寺の内部は、雲水さん達の修行の場だけあって、どこもきれいに拭き清められていて気持ちよく、坐禅体験は20分と短めでしたが、大本山だと思うと身が引き締まりました。

 宿で夕食を済ませ再び夜の永平寺へ。
寂光苑を見て鐘つきをして、普段は通ることのできない彫り物の美しい唐門を通り、山門でお参りをし、宿へ帰るバスの中で年が明けました。
元旦は金沢の尾山神社で初詣の予定でしたが、参拝者の列が鳥居の外の道路まで延々と続いていて、集合時間に間に合いそうもないので、鳥居の前で手を合わせておしまい。

 茶屋町では重要文化財のお茶屋さん「志摩」でお抹茶を頂いた後、散策中に小さな神社を見つけ初詣をすることができました。
昼食は料亭で加賀風お正月料理を頂き、兼六園、金沢城址公園などを歩いて一泊二日の旅は終りました。参加者11人のこじんまりして和気あいあいの楽しい旅でした。

 実はこの旅には失敗談があって、私は行きの新幹線でスマホを席の下に落としたことに気付かず降りてしまい、永平寺に向かうバスの中で気が付きました。
添乗員さんに駅に連絡をとってもらい、翌日見つかったと返事があり、帰りに忘れ物センターで受け取ることができました。
スマホがあると時計もカメラも持たないので、集合時間に遅れないようにいつも誰かと一緒に行動しなければならなかったし、旅行の写真が1枚も無いというのも寂しいものです。
ツアーのお仲間にも心配をおかけし、東京の妹はラインが既読にならないので、孤独死してるんじゃないかと心配していたそうです。
たった1日半スマホが使えないだけでこんな面倒なことになるとは・・・。
どれだけにスマホに依存して生活していたのかと改めて考えさせられました。

今年は気を引き締めて忘れ物、落とし物の無いようにしたいと思います。



2月

年が明けて早ひと月、1月は寒い日が多かったせいか銅版画クラスの出席率が・・・。
梅もチラホラ咲き始めたし、今日の散歩ではホトケノザが咲いているのを発見。
自然は一歩ずつ春に向かって進んでいるんですね。

 毎年恒例の東京動物園友の会の干支の講演会が、先日上野動物園となりの都美術館の講堂で行われました。
私は、月に一度の秩父巡礼と重なってしまい、悩んだ末、講演のタイトルが気になりこちらへ参加することに・・・。
動物園でニワトリを見てから行こうと思ったら鳥インフルエンザの影響で展示していないとのこと。

今年の講演は東京大学総合研究博物館教授の遠藤秀紀先生の「ニワトリ‐人の心をつかまえた鳥‐」
ニワトリの祖先はラオスなどの森林に今も住むキジの仲間セキショクヤケイ。
精悍な顔つきで、体重は1kg未満、キジのように羽ばたいて空を飛ぶこの鳥が世界中に住む200億(?)羽のニワトリの原種。
4000年位前から人に飼われ始め、しだいに体重が増え、飛べない鳥になったのだとか。
では何故食料にするには小さく卵もあまり産まないセキショクヤケイを飼いはじめたのか?
そこには「ニワトリを飼う事が幸せ」という不思議なアジアの精神世界があり、
ベトナム戦争では戦火の中をニワトリを連れて逃げるというほど心の支えになっているのだという。
日本でも長鳴き鶏のトウテンコウや、闘鶏のシャモ、観賞用の尾長鶏やチャボなど食用以外の鶏が飼われているのは、その流れなのか?
錦鯉を愛でるのなども似たような気持ちなのか?
アジアの人達がなぜニワトリに心をつかまえられたのかは分からないけれど、西洋人とは異なる精神世界があるのがおもしろい。
普段あまり目にすることの無いニワトリだけれど、しょっちゅう食べている鶏肉や卵。
ニワトリのルーツやアジアの人達のニワトリに対する思い、空飛ぶニワトリに思いを馳せて、美味しくありがたく頂きたいと思います。

上野では、国立博物館で開催されている「春日大社 千年の至宝」も興味深く見ました。
最近は仏に興味があったけれど、神もおもしろい。というか日本人にとっては神も仏も一緒なんですね。
貴重な展示物がたくさん見られるのでお勧めです。



3月

日に日に日差しが暖かくなって、我が家の庭もクリスマスローズ、水仙、クロッカス、アネモネなどが咲き始め、何だか気持ちまでほっこり。

そんな早春の空気感が漂う京都に行ってきました。
京都は私が銅版画を始めた街です。京都造形芸術大学の前身である藤川デザイン学園の版画課で大垣禎造先生に石版画と銅版画を教わりました。
あまりまじめな生徒ではありませんでしたが、ここで版画のおもしろさを知りました。先生は私が研究生時代にご家族と渡仏され、私は卒業と同時に東京へ転居しました。

 先生は数年に一度帰国して、京都で個展をされていましたが、私はなかなか伺えず、生徒だった頃から一度もお会いしていませんでした。
今回も作品を拝見することは出来なかったのですが、フランスに帰られる前に生徒達による送別会があるという事で、私もこの後いつお会いできるか分からないと思い、青春時代の思い出の地、京都で40数年ぶりの再会を果たしてきました。

皆それなりに年はとっていましたが、あの頃と変わらぬ雰囲気で、先生もフランス暮らしらしくダンディーで、日本の古典美術について熱く語っていらっしゃいました。思えば、京都での版画との出会いがあって今の私があるのですねえ。


 京都の前、中一から二十歳まで住んでいたのが東京の杉並区善福寺。
都立善福寺公園の傍に我が家はありました。
そのお向かいの家があった所がなんと素敵なギャラリーになっていて、桜の季節に妹と姉妹展をする事になりました。
亡き父と母の俳句を、私は版画で、妹は書で表現し、鮫島家があったこの場所で家族四人が再会するような気持ちです。バスを利用しなければならず、足の便がイマイチなので、お客様は多くないと思いますが、父と母に捧げる展覧会になればと思っています。



4月

待ちに待った桜も満開。ようやく暖かくて気持ちのよい季節になりました。そろそろ冬物を片付けてもいいかなと、毛糸のセーターを洗ったり、ボアのシーツをしまったり・・・
 
 先月のコラムに書いた姉妹展が満開の桜の中無事終了しました。

絵と書を一緒に展示するのは難しいかなと思っていましたが、
父と母の俳句という共通点があって、違和感無く見られる展示になったと思います。
私と妹の線が似ているとおっしゃる方もいました。

 妹は小学生から善福寺だったので、今もこの近くにすんでいる同級生が集まり、同窓会の感を呈していました。
千葉からもログのスタッフや生徒さん達が見に来てくださり、お近くの常連のお客様とは懐かしい昔の善福寺の話で盛り上がったり、嬉しい日々でした。
 大きなガラス窓の外には、毎日愛犬3匹と散歩した善福寺公園が見えていて、今も犬の散歩の人が行き交っているのを見ると、少女時代の自分が蘇り時の不思議を感じます。
 いつもの個展やグループ展と大きく違うのは、父と母の俳句で作品を作ったこと。同年代のお客様が多いので、特に母の句に共感されるようで、涙ぐまれる方も一人や二人ではありませんでした。私達姉妹も、父母が句を作った年になって始めて二人の思いを理解できるようになりました。
 皆さん俳句がいいねと言ってくださるので、両親も喜んでくれていると思います。それとも推敲中の句を勝手に発表するなと怒っていたりして・・・。
形見として持っていた俳句のノートからこのような形で父母の思い、生きた証を沢山の方に知って頂き、何だか肩の荷が下りたような気持ちです。

 ご高覧頂いた皆様、本当にありがとうございました。

 そして、父や母が、病気や介護やいろんな事がある中で、その時々の思いを俳句に込めていったように、私もだんだん残りが少なくなってゆく人生の日々を描き留めていきたいと思います。

 ログ・アトリエも新年度を迎え、子供クラスはメンバーの出入りもありました。
大人のクラスは年度変わりは関係ありませんが、メリハリが着きにくいという事はあるかもしれません。5月のログウ展が終ったら銅版画以外の版を使った作品作りなども取り入れてみたいなと思っています。
私は銅版画はこうでなくてはいけないとか、複数枚刷れなくてはいけないとか思っていません。
版を使えばすべて版画です。可能性は無限です。いろんな方法で版画を楽しんで頂きたいと思っています。



5月

爽やかな5月の庭には、いつのまにか増えてしまったシャガ、シラユキゲシ、みやこわすれ、タツナミソウなどが、雑草と共に繁茂しています。
 お天気に恵まれてうららかな連休が続いています。
 現在、土気で個展も開催中ですし、連休明けまでにやらなければならない事が山積みなのですが、ゴールデンウィークだと思うと何となく気持ちがのーんびりしてしまいます。

 やらなければならない事の一つに、木版画を40枚刷るというのがあります。私が千葉に越して来て29年。その前の1年間、大阪で木版画教室に通っていました。なんとか刷り方のコツが分かり始めた頃、引っ越すことになってしまいました。

まだ教室のお仲間全員の顔と名前が一致しないような私でしたが、千葉に来てからも年に一度の版画集作りのお誘いがあり、参加し続けています。
最初の頃はお題が決まっていたので、どうしてもイメージがわかない時は参加しない事もありましたが、ネタが尽きたのかそのうち自由課題になったので、それからは毎年参加しています。
抽象も何回かやりましたが、私に技術が無いせいか木版画は具象の方がやりやすい気がします。
 30年も経つと、その間阪神淡路大震災などもあり、年々知っている人がいなくなり、当時の仲間は一人も残っていません。
今では全員お顔を知らない人ばかりになり数年前には先生も替わられました。

それでも毎年春になると幹事さんからお誘いのお手紙が届きます。
秋の作品展と1年に2回しかやらない木版画なので、毎年刷りが下手になってゆくのを感じていますが、辞めずに毎年参加し続けているのは、見も知らない人達と一緒に一つのものを作るという縁の面白さを感じるからです。
作品には小文を付けることになっていて、作品と文章から作者を想像するのも楽しいものです。私のことも皆さんどんな人だと思っているのかな?

 連休が明けると間もなく銅版画クラス有志による「ログゥ展」があります。
時の経つのは早いもので、今年で19回目。最初は教室展として始まったのですが、今では初期のメンバーを中心としたグループ展として、ギャラリー古島の初夏の顔になっています。
DMやキャプションづくり、搬入搬出、画廊番など協力しあって毎年素敵な展覧会を見せてくれています。
全員女性だからか優しくて暖かい雰囲気があり、同時期開催の私が参加している「アニモ展」と違うなーと思うところです。
製作中の作品は見ているのですが、いつも展示に工夫をこらしているので、今年はどんな展覧会になるのか楽しみです。

 新緑が気持ちのよい季節です。皆様お誘いあわせてお出かけください。



6月

みどりのそよ風が爽やかだなーと思っていたら、もう6月。
我が家の庭の紫陽花も咲き始め、入梅入りも間近です。
先日は何年ぶりかに蝸牛を見ました。

 先月は銅版画クラス有志によるログゥ展がありました。今回で19回目になるこの展覧会も、毎年新しい試みが感じられ、マンネリ化しないところがすばらしいと思います。平均年齢も高くなり、技術とともに内容にも深みが増し、一人一人の個性が際立つ見ごたえのある展覧会だったと思います。
 
 気が付けば私も高齢者になり、体の動くうちにやりたい事はやろうと思うせいか出かける事が多くなりました。
展覧会やワークショップ、講演会、観劇、自然観察会、坐禅会や巡礼、落語なんかも時々行くようになりました。
そんな訳でほとんど家にいる事がなく、犬と猫は毎日お留守番でした。が、今年は暑くなるのが早いみたいで、晴れた日には夏のような日差しになり、紫外線アレルギーの私は家で過ごす日も増えてきました。
展覧会続きでぐちゃぐちゃになったアトリエの片付けや、草が生い茂った庭の手入れなどやらなければならない事は後回しにして、布のバッグや靴に絵を描いたり、服を染めたり、アップリケしたり・・・。
そんなリメイクをして遊んでいると楽しくてあっと言う間に一日が終ってしまいます。
もう少し年をとって脚が弱くなってきても、家の中で遊ぶ事がいっぱいあるなと思います。

 残りの人生が少なくなってくると一日一日がとても大切に思えてきます。
一日の終わりに今日もいい一日だったと思えれば、そんな毎日が続けば、人生の終わりの時にいい一生だったなと思えるような気がします。

 こんな私の近況ですが「銅版画はいつやってるんかい!」と突っ込まれそうですが、やってますよ、遊びの合間に・・・。
銅版画もだんだん遊びの要素が多くなり、最近はエディションの無いモノタイプ的な作品がほとんどです。同じ版でも刷りでいろいろ遊べるので飽きません。
まだまだいろんな事ができそうで、こんないい遊び道具があって本当に良かったなと思います。
いい作品を作ろうとコツコツ努力するのもいいけれど、生徒の皆さんには楽しんで作品を作って貰いたいと思っています。

人生、辛いことや大変なことやいろんなことがあるけれど、版の上では自由に遊べるのだから・・・。来年は又銅版画クラスの展覧会をやる予定です。どんな作品が出来るか楽しみです。 


  7月

春からの展覧会続きでバタバタしているうちに今年も半分が終ってしまいました。
庭には10年くらい前に撒いたオシロイバナが、毎年種を落としむくむく茂ってきます。
今年もだいぶ抜いたのですが、次々と芽を出し花を咲かせ始めています。子供の頃の庭にも咲いていたので、幼馴染のような夏の花です。

 毎日、ムシムシ、ジメジメした日が続いて何となくどんよりした気分になりますが、梅雨の晴れ間など、強い日差しがアスファルトにくっきり影を落としたり、むっとした草いきれを感じたりすると、夏の空気感と一緒にインプットされた、夫が亡くなった時の苦しさが、一瞬条件反射的に蘇ってきてしまいます。
そんな夏も今年で5回目です。

 先日、東京芸術劇場のギャラリーで開催された、心のアート展「臨床芸術宣言」を見に行きました。
精神科病院のアトリエに通う方達の展覧会で、私も精神科に通う方達の施設で絵画のプログラムの仕事をしているので、毎回興味深く拝見しています。
 大きな作品も多く、何ヶ月も何年もかけて描かれた作品は、作者の情念が乗り移っているようで好きではないけれど、引き付けられる何かがあります。

多くの作品に共通するのは、自分自身の内面を見つめ、その深いところからの呻き、叫びのようなものが表現されているところです。
 美術館の公募展など帰って来るとたいてい忘れてしまうのですが、これらの作品は今も記憶に残っています。

 私が行った日は作者による作品解説があり、「絵が無かったら自分は死んでいただろう」という人、「絵によって自分を解ってもらい、人と繋がれた」という人、「描くことが生きること」「アトリエの中だけが自由でいられる」という人など、世の中で生きずらさを感じている人達が、描かずにはいられない自分を表現することで、心が開放され生きる意欲に繋がっているのだと感じました。

 私の行っている施設では、心象風景などストレートに内面を表現する人は少なく、写真などを見て、風景や人物、動物などを描く人が多いのですが、それぞれ独特の描き方があり、自分を表現していることに変わりはありません。そしてそれが自分自身の癒しになっていることは、私も経験しているのでよく解ります。

 アートには、見る人も描く人をも癒す力があるのですね。

 私の仕事は、絵が上手に描けるように指導することではなく、気持ちよく描ける、表現できる空間を作ることなのだと改めて思いました。

 病を持つ人もそうでない人も、絵を描くことが生きる糧になるのなら、人生に彩りを添えてくれること間違いなしだと思います。




ログ・アトリエでは子供絵画・造形クラス、各種大人クラスがあります。詳しくはお問い合わせ下さい。
掲載されているイメージの無断転載はおやめください。
Copyright© 2007 千葉市幕張絵画教室 ログ・アトリエ All Rights Reserved.