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さとうしのぶコラム バックナンバー2013

新しいものは下に追加されます。


1月

 明けましておめでとうございます。

 2013年が始まりました。

 毎年の事ですが、今年の目標とか抱負は特にありません。
 今年の大晦日に「いい一年だった」と思えるように、一日一日をいい日にしてゆきたいとは思っています。何となくグータラ過ごしてしまった日でも犬の散歩で綺麗な夕日に出会えたらその日は私にとっていい日になる。そんなありふれた日常を大切に生きてゆこうと思う。それがいい年、いい人生に繋がると思うから・・・。

 今日は早七日。
 我が家は喪中のため初詣もおせちも無かったけれど、七草粥はいただきました。七草と言ってもフリーズドライをお粥に混ぜるだけの香りもしないそっけない物ですが、それでも遠い春を待つようなちょっと暖かい気持ちになれます。
 母の七草粥にはお餅が入っていたので私もやっぱり入れてしまいます。あの頃はスーパーに「七草粥セット」なんて売ってなかったけれど、材料の七草はどうしていたのだろう。もともと七草は旧暦の七日だったそうだから、この時期に七品揃えるのは至難の業だと思う。セリ、スズナ、スズシロは買えるとしてもその他の物は何かで代用していたのだろうか。母のいない今となっては確かめる術もない。
 子供の頃七日は三学期の始業式の日。だから今でも七草粥を食べると「さあ、今年も始まるぞ」という気持ちになるのだろうか。

 そして明日からログ・アトリエ銅版画クラスも新しい年が始まります。
 今年はどんな作品ができるか楽しみです。新しい技法、新しいテーマにもどんどん挑戦して作品の幅を広げていって貰いたいと思っています。そしてもっともっと版画を楽しんで貰いたいと思います。


2月

 今年は1月に2度も雪が降り冬らしい冬になりました。
 寒いのは苦手だけれど「雪のはらはら降りたるもいとをかし」という感じで何だか嬉しい。

 そんな冬の一日、新春能「田村」を見に行きました。能は高校時代学校から見に行った時以来40ウン年ぶり。謡の内容がよく解らなくて眠くなったところもあったけれど、無駄の無い洗練された動きは静かさの中に強さと美しさと奥深さがあり、この様な様式美を作り上げた日本人はすごいと思う。

 少し前に見た「白隠展」でもシンプルな一本の線にすべてが凝縮されていて、精神の美というようなものをを感じました。目を楽しませるだけでなく心に響く美とは何なのか? 命(生と死)を内包しているから見る者の琴線に触れるのか? よく解らないけれど、心を澄ませて美を感じたいと思います。

 さて銅版画クラスですが、ご家族の介護が身近な問題になりつつある方がふえてきました。
 時間的な問題だけでなく、気持ちの切り替えが難しく思うように制作ができないというのは私も経験者としてよく解ります。
 でもそんな時こそ、ほんのひと時、自分の世界に浸ることで気持ちにゆとりが持てれば又頑張れる気がします。

 いい作品を作ろうなんて思わないで、気分転換に銅板にいろんな物をのせてモノタイプで遊んでみましょう。

 皆で支え合って、おじいさん、おばあさん(私も含めて)になっても楽しく版画を作っていけたらいいなと思っています。なーんて書いたら若い方がいないみたいですが、決してそんなことはありません。
 若者、壮年、中年、老年の皆様をお待ちしています。



 3月

  立春をすぎても雪が降ったりしてまだまだ寒い毎日ですが、我が家の庭では蕗の薹やクリスマスローズ、珍重花などの蕾が膨らんで春遠からじという気がします。

 秋に植えた球根も芽や葉を出して新しい命を感じさせてくれるのですがが、なにを植えたのかすっかり忘れてしまい花が咲くのがお楽しみというところです。

 銅版画クラスでは二月二十日、細川家に伝わるのと同じお雛様を飾り、ちらし寿司や雛あられを頂いて少し早いおひな祭り会をしました。

 明山さん(生徒さんであり尺八の先生)の尺八に合わせて
「明かりをつけましょぼんぼりに〜」と50年ぶりくらいに歌いました。

 私は二人姉妹ですが、子供の頃我が家にはお雛様がありませんでした。
 だから雛祭りの思い出もほとんど無いのですが、一度だけ忘れられない雛祭りがあります。家では3代のペキニーズを飼っていたのですが、私が中学生の頃だったか、子犬の千代ちゃんの初節句だからと母が紙のお雛様を作りました。(私達には作ってくれなかったのに)

 四つ切の画用紙を赤く塗り、顔を描き切り抜いたものに千代紙を着せて、お内裏様、三人官女、五人囃子にぼんぼりなども貼り付け結構すてきなお雛様でした。細かいところはおぼえていないけれど、あどけないお顔と五人囃子の萌黄色の着物を今でも思い出します。

 還暦を過ぎた女性が今度は自分のために飾るお雛様をかえり雛と言うそうですが、幾つになっても雛祭りというのは心華やいでいいものですね。

 春の訪れも間近、冬眠から覚める季節です。
暖かくなったらすぐに活動できるように少しずつ準備をしておくことにしましょう。



 4月

 入学式もまだだというのに桜が散っています。家々の庭には木蓮、木瓜、連翹、ミモザ、雪柳などの花々が咲きほこり、草叢にはあらゆる雑草がかわいらしい花をさかせてまさに春爛漫。

 若い頃は何だかボーっとして眠くなるような春が好きではありませんでした。それより何となく充実感のある実りの秋の方が好きでした。

 ところが人生の秋を迎える年頃になると、木々が葉を落とし草も緑を失う淋しい秋よりも、新しい命が芽吹く春が好きになりました。「願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月の頃」と詠んだ西行にはまったく同感です。


 春は始まりの季節。私は新入生でも新入社員でもないけれど、何か新しい事が始まりそうな、新しい事を始めたいような、新しい人と出会えそうな、そして新しい自分とも出会えそうな、そんな感じがいいですねえ。

 新しいと言えば、銅版画クラスではシルクスクリーンの体験講座を行いました。初の試みだったので出来上がりのイメージがつかめなかった方もありましたが、シルクスクリーンというものを解って頂けたと思うので、銅版画と併用すれば作品の幅ももっと広がるのでは・・・。おもしろそうな事は失敗を恐れないでどんどんやってみましょう。

 私は最近ドライポイントでいたずら書きのような顔を描いています。その時の状況や気持ちで作品のテーマ、技法、色彩が次々と変わってゆくのは自分でも不思議です。

 版画作品は1枚の紙でしかないけれど、その1枚にきっと私の62年がぜんぶ詰まっているのだと思います。皆さんも素直に今の自分を描いてください。



 5月

 病院の10階の窓から見える物 。

 新緑に包まれた古い建物は大学。今日はいいお天気なのにテニスコ−トには誰もいない。
 一段と高いビルは県庁。
 蒲鉾形の屋根は文化センター。
 遠くの方を走っている小さな電車は何線だろう。
 さらに向こうにはポートタワーが見え、その向こうには白く霞んだ海。貨物船が浮かんでいる。
 穏やかな初夏の一日。
 だけど窓のこっちは病人の世界。
 実は私入院中です。

 顎下腺腫瘍というのができて手術をしたのです。幸い良性だったので連休明けには退院できそうです。まだ入院4日目だけれど、この生活にうんざりしています。持って来た3冊の本も読んでしまったし、お見舞いに頂いた綺麗なバラがあるので絵を描けばよさそうだけどそんな気にもならなくて‥‥ つくづく健康の有り難さ、何気ない日常がどんなにすばらしいかを思い知らされます。

 退院したら一日一日をかみしめて生きてゆこう。銅版画クラスの生徒さんともしっかり向き合っていこうと思った入院生活です。



6月


あっと言う間に今年も6ヶ月目に突入。

 我が家の庭も春の花々が終わって、薔薇、ラベンダー、ばんまつり、そして色づき始めた紫陽花と、暑い夏が来る前のしっとりと落ち着いた雰囲気です。

 5月の末、恒例の銅版画クラス有志によるグループ展「ログゥ展」がギャラリー古島で開催されました。今年はメンバーそれぞれに家庭の事情などがあり、制作に専念できないのではと開催が危ぶまれていましたが、15回目でもあるし、
やっぱりやりたいという事で6人一人も欠けることなく開催にこぎつけました。

一人ではめげそうになる時も頑張っている仲間がいると自分も頑張ろうと思えるのでしょうね。内容もいつもと変わらず充実していて、まったく個性の違う6人のハーモニーに15年の確かさを感じました。

 ログゥのメンバー以外にも銅版画クラスには介護などで思うように制作ができない方もいらっしゃいます。

私も経験上よく分かりますが、何か問題をかかえている時、時間の余裕もないけれどそれ以上に気持ちに余裕が無くなってしまいます。

けれどそういう時こそほんのひと時すべてを忘れて制作に没頭する、そんな時間が持てれば心をリフレッシュして又頑張れるのではないでしょうか。私も心が折れそうになった時、どれだけ絵に助けられたかわかりません。いい作品が出来なくても、完成された作品が出来なくても、今の自分を表現できる場所があるという事は大きな救いです。

 人生長く生きていると本当にいろいろな事があります。何の心配事も無く自分の事だけ考えていた若い頃が懐かしいけれど、いろんな困難を乗り越えて人は大きくなってゆくのですね。そんな自分がにじみ出て作品ができているのだと思います。

 さあ描きましょう。

7月

じめじめしたと言うかしっとりとした毎日が続いていますが、気が付けば今年も半分が終わってしまった。まさに光陰矢の如し。
 この春から紫外線アレルギーになってしまった私は梅雨明けが待ち遠しいような待ち遠しくないような微妙な心境です。

 雨の夜、降り続く雨音を聞く度に気になっていたイメージがある。        
 ランプの灯る薄暗い洋間でトランプをするインド人と日本人の男性。部屋には雨音だけがひびいている。
 小学校の国語の教科書に載っていた何かの小説の一部だと思うが題名は思い出せない。芥川龍之介の作品だったような気がする。
 長年のもやもやを解消すべくインターネットで芥川龍之介の作品リストを出し、それっぽいタイトルの作品をいくつか読んでいくうちついに見つけました。
 それは「魔術」という短編で読んでいくうちにどんどん記憶が蘇ってきました。
 何故か私はこの二人は洋館に住む下宿人だと思っていたけれど、実はインド人の家へ主人公が尋ねてきたのだった。又、トランプで遊んでいたのではなく、これこそトランプの魔術だった。
 いろいろ記憶違いはあったけれど、雨音の聞こえるちょっとミステリアスな部屋のイメージは読み返してみても変わらない。
 小説の抜粋だと思っていたけれど私はこの話を最後まで知っていた。全文が載っていたのだろうか?おもしろい話なのでぜひご一読を・・・
 最近とみに物忘れがひどくなって、ついこの前の事も思い出せなかったりするのに、何十年経っても心に残っているイメージがあるのが不思議です。

 ログ・アトリエにはシルクスクリーンの感光器があります。 
 銅版画クラスでは、版画の一種ということでシルクスクリーンもやっています。
大きな作品は出来ませんが、3版刷りで暑中見舞いを作っている方もいます。
銅版画の深い味わいとは又違った平面的な面白さがあり、私は銅版画に刷り重ねたりして楽しんでいます。
これからの季節、Tシャツに刷ってオリジナルTシャツというのも楽しいですね。
なんて言ってるうちに夏はぐんぐん押し寄せてきます。元気で頑張りましょう。


8月

気が付けば8月。
 気が付けば蝉の声。
 気が付けば夏休み。

 でも紫外線アレルギーになってしまった私は、庭に生い茂った雑草が気になりながらも家の中で遮光カーテンを引いて汗をかかないようにじっとしています。

 何をして過ごそうか考えて思いついたのが亡夫の着物で何か作れないかという事でした。いろいろ考えた結果、知人に頂いた古い蚊帳の生地に着物地でアップリケする事にしました。形は顔や樹を抽象化した様な単純なものです。
中学校の家庭科で縫い物の宿題はいつも母作だったほど針を持つのは苦手な私ですが、一針一針縫っていると、何だかとっても落ち着いて気持ちが穏やかになってくるのです。

 針仕事には癒しの効果があると何かの本で読んだ気がします。
昔の貧しい農民が着ていた継ぎだらけの刺し子の美しい野良着を見た事がありますが、夜なべ仕事で夫や自分の着物を一針一針刺していた女の人もきっとそんな気持ちを感じていたのではないでしょうか。

音楽もかけず、遠くに蝉の声を聞きながら、いろんな事を思い巡らせながら手を動かしていると、針目はバラバラになるし、重なっていた蚊帳を2枚一緒に縫ってしまったり・・・。

気が付くとミンミン蝉がヒグラシに変わっていて、タピスリーが縫いあがりました。
いい物ができたというよりいい一日を過ごせたという満足感がありました。

 蚊帳の透け感を生かすには窓辺に掛けたい感じですが、適当な窓が無いのでお仏壇のある和室の壁に掛けました。
 誰に見せる訳でもないけれど、物を作るって楽しいなと改めて思いました。

 8月は猛暑になるとか。皆さんも無理せずマイペースで物作りを楽しんでください。


9月

この夏の尋常でない暑さに体力気力を奪われてもうグッタリの私ですが、ログの子供達の真っ黒に日焼けした顔は楽しかった夏休みを象徴しているようで、若いっていいなあと昔を懐かしむ老人のような心境で眺めています。

  9月に入っても今日は35℃という暑さで、朝たっぷり水をあげたプランターの花が午後にはしんなりしています。
とはいえさすがに蝉の声はミーンミーンからホーシンツクツクに変わり、夜は寝室の窓を開けていると、草叢と化した庭からの虫のすだく声に包まれて、季節は確実に進んでいるのだと感じます。


  8月初旬福島に行ってきました。目的は法事だったのですが、丁度福島県立美術館にプライスコレクション「若冲が来てくれました」が来てくれていたので、ラッキー!と思い見に行ってきました。
 若冲以外にも長沢芦雪や酒井抱一など画集などでよく目にする作品がたくさんあり、これって全部プライスさんの物だったんだという事にびっくり。

アメリカ人なのにこれらの作品のすばらしさを日本人以上に理解しているという事にさらにびっくり。

 思わず微笑んでしまう「虎図」や、生き生きとした命が輝く「鳥獣花木図屏風」など
動物がたくさん登場するのも楽しく、プライスさんが東北の方達を元気づけたいと持って来てくださった気持ちが解るような気がします。

 西洋美術史に登場するような名画はどれもすばらしいけれど、今の私にはこれら江戸絵画の大らかで伸びやかな表現が気持ち良く、心にしっくりくるような気がしました。

 日本人がアメリカ人に日本の良さを教えられた、見ごたえのある展覧会でした。

 二十四節気では処暑は暑さが収まる頃らしいけれど、いつになったらエアコンとお別れできるのでしょうか。

あの爽やかな秋空に会えるまでもう少し頑張りましょう。



10月
暑さ寒さも彼岸までと言うけれど、お彼岸を過ぎたらグッと過ごしやすくなりました。

 夏中悩まされた紫外線アレルギーもだいぶ治まってきました。
太陽が怖くてりんご(犬)の散歩は夜にしていたのですが、先日ひさしぶりに昼間のお散歩に出かけました。
 いわし雲に彼岸花、萩、コスモス、すすき、足元からはバッタが飛び立ちすっかり秋になっていました。そう言えば我が家の庭でも薔薇が咲いて、アケビの実が大きくなりはじめました。
そろそろ春咲きの花の球根を植えなければ・・・


 実は私、通信教育で「手本のない書道」というのをやっています。

 私の字はひどい悪筆で、自分で書いたメモが読めなくなるほどですが、字が綺麗になりたいと思っている訳ではありません。
へたな字も個性だと思っています。
 小学一年生の時少しの間お習字を習っていた事がありました。
そこで何かトラウマになるような事があったのかは覚えていませんが、子供の頃はお習字が大嫌いで、学校で習字の授業がある日は故意に道具を忘れて行き一人硬筆を書いていました。

 そんな私ですが、書を見るのは好きで墨色の奥深さや余白の美しさなど絵と通ずるものがあると思います。
何より日本の文字(特に漢字)の形が面白く、又、文字に意味があるので字を見ると心の中に絵が浮かぶという事も当たり前だけど面白い。
 お手本通りに書いたり、描いたり、作ったりするのが苦手な私にぴったりの講座を見つけた訳ですが、お習字苦手意識は筋金入りなので、道具を出してくるのに勇気がいるというありさまで、6ヶ月の学習期間プラス6ヶ月の延長期間が終わる数日前に最後の作品2点をぎりぎり提出しました。
先日行った軽井沢の風景を思い浮かべて「山」と「林」という字をかいたのですが、自分が表現したいイメージがあっても書道の基礎が全く無いのでこんなに勝手に書いてはいけないのではと迷いながら筆を動かしているのでそれがそのまま字に現れてしまいます。

お手本がないというのは実はとっても難しい事なのだという事がわかりました。
自分なりに工夫して書くのですが、先生のアドバイスに「はじめはやりすぎくらいの方が自分の殻を破れる」と書いてありました。

講座を継続する事にしたので、次は勇気をだして暴れてみようかと思います。

そして銅版画クラスでちょっと行き詰っている方にもこの言葉を贈りたいと思います。


11月

天高く馬肥ゆる秋。先日、秋晴れの一日、公園のBBQ場でのさんまパーティーに参加し、美味しい秋を満喫しました。

つるべ落としの秋の日が暮れて、少し前までうるさいくらいに鳴いていた虫たちの声もすっかり聞こえなくなり、静かな秋の夜長となりましたが、私は読書でも絵を描くでもなく部屋の片付けにはまっています。

60歳を過ぎて人生の後半に入ったので、あまり物を所有しないでシンプルに生活したいと思ったのです。
若い頃はお金も無かったし、引越しの度にいらない物を処分していたので、友人が来るとよく「すっきりした部屋ね」と言われたものです。
それがこの家に越して来て20年、いつの間にか物が増えて、それを整理整頓できず、探し物に何時間も費やしてしまったり、ついに見つからずじまいになることも・・・。
まず何年も使っていない調理道具、来ていない服や客布団などは思い切って処分し、本はブックオフに売り、そのために空になった衣装ケース3個も捨てました。


 いちばん時間がかかったのが写真です。私の幼稚園時代からの写真、亡夫の学生時代からの写真、それに亡父母の写真も一緒に暮らしていた妹が処分しずらいらしくそっくり送ってきたので、それらを一枚一枚より分けてシュレッダーにかけるのです。
父や夫の社員旅行、母の俳句の会など知らない人ばかりの写真は処分しやすいけれど、お寺巡りが好きだった夫が休みの度に京都へ出かけ撮ってきた寺院の写真や、季節の花や果物、帽子などを並べて撮った静物画のような母の写真など本人は写っていないし、被写体にも興味は無いけれど、ファインダーを覗いていたその時のまなざしを写真が反対に投げ返してくるようで処分するのに躊躇しました。

 私の子供の頃の写真はモノクロの小さな物ですが、着ている服の色合いから肌触りまで手に取るように蘇ってきます。
背景に写っている部屋の中の家具やこまごまとした物達も一つ一つちゃんと思い出せます。最近の事はなかなか思い出せないのに・・・。
懐かしくてついつい見入ってしまい選別に時間がかかってしまいましたが、楽しそうな写真だけを残すと5分の1くらいになりました。
アルバムを出したのは何十年ぶりだったので、この次見るのは何年先なのだろうと思いながらコンパクトになったアルバムをしまいました。

まだアトリエの片付けといういちばんの難関が残っていますが、物が減って少しスッキリした分気持ちもスッキリしたような気がします。


これからは物を増やさないように心がけて,(作品はどんどん増えるので困るのですが)本当に好きな物と本当にやりたい事を大切にしてゆきたいと思ったのでした。


12月
今年もあっという間に最後の月が来てしまった。

街にクリスマスソングが流れると、何だか追い立てられているようで焦ってしまう。

 子供の頃はあんなに楽しみだったクリスマスなのに・・・。

 私が物心つく前から我が家では毎年クリスマスツリーを飾っていた。庭に植えてあるツリーの木を掘り出してレンガ模様の木の鉢に入れ、オーナメントやピカピカ光る電球を飾るのだけれど、その中には4歳で亡くなった私の兄のために当時まだ独身でよく遊びに着ていたふたりの叔父が作ってくれたという素敵な飾りがあった。たばこの箱で作った教会は窓に色セロファンが貼ってあり電球にかぶせるとステンドグラスみたいだった。

保健所で貰ったという金色とも銀色ともつかないきれいな紙で作った長靴や十字架も、その後いろんなオーナメントが買い足されても私が大人になりツリーを飾らなくなるまで毎年ちゃんと登場して楽しませてくれた。

 幼稚園から小学校低学年まで東京の杉並区に住んでいたが昭和30年代の前半、夜は暗かった。
 ある年のクリスマスの夜、母と妹と買い物に行きディケンズの「クリスマスキャロル」の絵本を買って貰った。クリスマスケーキを買い帰宅すると、数軒先ののクリスチャンの老夫婦の家の前で教会の聖歌隊がろうそくを灯して聖歌を歌っていた。
父は何処かで飲んでいたのか母子3人の静かなクリスマスだった。

 当時はまだTVもなく床の間のまえに飾ったクリスマスツリーだけがチカチカ光って「クリスマスキャロル」の亡霊の話を読んだせいかその年のクリスマスは暗いイメージで心にやきついている。サンタクロースは信じていなかったけれど、父と母が私達が眠った後買い物に行くと思っていた。
 6年生の頃住んでいた小金井の家は新築で広いリビングにはやはりクリスマスツリー。

 ここに来る前2年程団地に住んでいたのでツリーは無かったのかここでツリーの木が変わったような気がする。その頃は12月になると花屋の店先に根っこのついたツリーの木が並んでいたものだ。
まるまる一羽のチキンに当時流行ったアイスクリームのクリスマスケーキ。犬に鶏の骨がいけないなどとは知らず、庭の犬に父が骨を投げていたのを思い出す。

 中学の頃は母や妹へのプレゼントは吉祥寺のファンシーなお店で買った可愛い置物だったりしたけれど、高校生になると24日の終業式の日、妹と伊勢丹に父と母へのプレゼントを買いに行くのがおきまりだったが、何を買ったのかは覚えていない。
 大人になりクリスマスもしなくなってしまったが、3年前に亡くなった認知症の母が老人ホームにいた頃、12月になると母の部屋にリースやオーナメントを飾りクリスマスソングのCDをかけて、母は食べられないケーキを妹と二人で食べてクリスマスをした。
 長々とクリスマスの思い出を書いてしまったが、今ではクリスマスと言っても普段と何も変わらず、ログの子供達のクリスマス会が唯一私のクリスマス。
こんなに物があふれている時代でも子供にとってやっぱりクリスマスは嬉しいものなのですね。

 メリークリスマス。

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